前回の定例会レポートでソールライター展にみんなで行って来たと書きましたが、今回はそのソールライター展を見たそれぞれのレビューを掲載します。今回はKaoRinのソールライター展レビューです。

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4月の終わりから始まっていたこの展示。展示に行く前に調べた情報によると、日本では初の回顧展です。絵画をやっていた人が写真を撮りました。カラーはお金がかかるから未現像のままでした。雑誌で仕事が来ました。大好きな女性と出会いました。(語弊がある??なんとなくそれとなくの解釈なのですみません)こんな感じの情報でした。

生で作品を観てきたので私なりに思ったことを纏めたいと思います。


・モノクロ写真から始まる・
フィルムならではの優しいラインが多いが一枚一枚の被写体の力強さがある。雑誌に使われてたファッション写真より日常の生活圏でライター氏が目に留めた景色のほうが見ていて楽しかった。作品で驚いたのはタイトルとされている被写体が作品中のごく一部の少ない割合で写っていて(それらを1/3構図ということを後で知る)そして被写体以外の他の余白部分が無駄に感じないこと。むしろ、作品の中にはその手前ボケして作品の大部分の割合を占めてる部分がタイトルになっていたりする。作品中の何を見て何に心が動いて写真を撮ったのかがタイトルに直結していてわかりやすかった。

・ライター氏の見たカラー・
撮った人が見た色がどんな色なのかは現像して初めて他人に伝わる。モノクロも好きだったけどモノクロとはまた違ってライター氏が「はっ」として撮った日常の色がどう見えてたかがわかるのでモノクロより一枚一枚じっくり見て回った。カラーの捉え方がとても好みで共感してしまう。そして「赤」「高架鉄道」「傘」が多く被写体となっていた。好きなのだろうと伝わってくる。色彩がとても好みだったのだが、“消費期限の切れたフィルム”の影響のようだった。それが意図的かはわからないけれど自分と同じで嬉しい発見だった。

・絵画、ヌードが自然・
きっと畏まって撮影されてるのより意識されてない所から撮るショットが多いことや被写体との関係性が自然な表情に表れている。日々の身近にある“大好き”を表現することが写真や絵を描くことだったのだろうと思う。色合いも明るく優しい色が多く幸せが伝わってくる。和紙に描いてある絵もあった。驚いたのが、写真を撮ってから40年後に重ねて絵画として色を足していることだ。この40年という期間はたまたまなのか意図的なのか…40年後に再びヌードの彼女たちに色をつけるという作業がとても熟成された愛を感じた。


私がこの展示で学んだことはタイトルの付け方がストレートで伝わりやすい、構図とか大胆でこういう撮り方もありなんだなと思えたこと。もっとあるけど感じたことを言葉にするのは難しくただの感想になってしまいそうなのでやめておく(笑)
展示の後も購入した写真集を見てても写欲を掻き立てられて、ストリートフォトを撮りに出かけたくなった。そのまま真似をしておしまいではなくまずは撮り方を意識して自分なりの撮り方に吸収できればこの展示を観に行って本当に良かったと思えるのかなと思っている。雨の日、手前に邪魔な物、撮りたい被写体は遠く、窓越し、反射、赤い、といったライター氏の心動かされた被写体を日本の街で探すライターごっこを今度密かにやるのを楽しみにしている。そしてこの作品たちはごく一部であってまだ沢山の未現像フィルムが残っていてそれらをプリントして作品として世に発表される日が来ることをとても楽しみにしている。
最後にライター氏の言葉の中でも響いたストリートフォトを撮る人ならではの言葉で締めくくりたいと思います。

「無視されるのは偉大な特権である」

KaoRin

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photo 椿原桜果/ word KaoRin/ blog editor 椿原桜果
2017.07.06
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