前回の定例会レポートでソールライター展にみんなで行って来たと書きましたが、今回はそのソールライター展を見たそれぞれのレビューを掲載します。最後は椿原桜果のソールライター展レビューです。
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ソールライター展に行って来ました。
構図がどれもかっこいい、そして、色もかっこいい、日常をさりげなく撮ってるところもいい、もろ好み

というのが見終わった当初の私の感想。
普段ならここで終わるんだけど今回はレビューしなくちゃいけないのでもう少し長く考えてみますw

ソールライター、もともと1950年代のファッションカメラマンで第一線で活躍していたのに、一回姿を消し1980年代に入って再度注目が集まったといった写真家。ファッションカメラマン以降何を撮っていたかといえば自分の生活空間、何気ない日常をソールライター独特の大胆な構図と切り取り方で魅力的な写真を撮っていて今回の展示ではその両方(商業的ファッションフォトとニューヨークの日常フォト)を展示しておりました。

私自身が人の生活や日常を撮りたいと思っているので、私が惹かれたのは後期のニューヨークの街の日々を撮った写真。面白い事に日常を撮っていたのに人の生活を撮ってた印象はあまり残ってなく、ニューヨークという“街”の日常を撮った印象の方が強いんですね。生活や日常を撮るというのは、人の生活を撮るものだ、となんとなく思ていた私にとっては街の日常があるんだ〜とその部分が新鮮な発見でした。

ソールライターは写真以上にステキな言葉を残していて展示を見ながら胸にズキューーンとくる言葉ばかり。

“見るものすべてが写真になる”

“写真家からの贈り物は、日常で見逃されている美を時折提示することだ。”

“人間の背中は正面よりも多くのものを私に語ってくれる。”

“私が写真を撮るのは自宅の周囲だ。神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ”

日々の些細な事でもどう見るかで色んな表情が変わって来るよね。なんてすばらしい〜…と思いつつも天の邪鬼な私はニューヨークという建物ひとつ取ってもオシャレにデザインされいいる場所が自宅の周辺にあったから神秘的な事が起こっていたんじゃないの?などちょっとよこしまな考えで見てた部分もw…まぁ、多分ですがソールライターが私の近所の八王子を撮っても神秘的な写真が撮れたとは思うのですけどね。

まぁ、そこは置いておいても大胆な構図、色に注目した撮り方、日常などすべてかっこよく、そして単純に私の好きな写真が多い展示でした。観にいってよかったです。

あ、でも残念だったものがもう1点。
猫をずっと飼っていたとの事ですが…名前はレモン、そこまでわかってるのにレモンの写真がなかったこと。どんな猫と暮らしていたのかを見たかったな(笑)

椿原桜果

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photo 椿原桜果/ word 椿原桜果/ blog editor 椿原桜果
2017.07.10
前回の定例会レポートでソールライター展にみんなで行って来たと書きましたが、今回はそのソールライター展を見たそれぞれのレビューを掲載します。今回はKaoRinのソールライター展レビューです。

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4月の終わりから始まっていたこの展示。展示に行く前に調べた情報によると、日本では初の回顧展です。絵画をやっていた人が写真を撮りました。カラーはお金がかかるから未現像のままでした。雑誌で仕事が来ました。大好きな女性と出会いました。(語弊がある??なんとなくそれとなくの解釈なのですみません)こんな感じの情報でした。

生で作品を観てきたので私なりに思ったことを纏めたいと思います。


・モノクロ写真から始まる・
フィルムならではの優しいラインが多いが一枚一枚の被写体の力強さがある。雑誌に使われてたファッション写真より日常の生活圏でライター氏が目に留めた景色のほうが見ていて楽しかった。作品で驚いたのはタイトルとされている被写体が作品中のごく一部の少ない割合で写っていて(それらを1/3構図ということを後で知る)そして被写体以外の他の余白部分が無駄に感じないこと。むしろ、作品の中にはその手前ボケして作品の大部分の割合を占めてる部分がタイトルになっていたりする。作品中の何を見て何に心が動いて写真を撮ったのかがタイトルに直結していてわかりやすかった。

・ライター氏の見たカラー・
撮った人が見た色がどんな色なのかは現像して初めて他人に伝わる。モノクロも好きだったけどモノクロとはまた違ってライター氏が「はっ」として撮った日常の色がどう見えてたかがわかるのでモノクロより一枚一枚じっくり見て回った。カラーの捉え方がとても好みで共感してしまう。そして「赤」「高架鉄道」「傘」が多く被写体となっていた。好きなのだろうと伝わってくる。色彩がとても好みだったのだが、“消費期限の切れたフィルム”の影響のようだった。それが意図的かはわからないけれど自分と同じで嬉しい発見だった。

・絵画、ヌードが自然・
きっと畏まって撮影されてるのより意識されてない所から撮るショットが多いことや被写体との関係性が自然な表情に表れている。日々の身近にある“大好き”を表現することが写真や絵を描くことだったのだろうと思う。色合いも明るく優しい色が多く幸せが伝わってくる。和紙に描いてある絵もあった。驚いたのが、写真を撮ってから40年後に重ねて絵画として色を足していることだ。この40年という期間はたまたまなのか意図的なのか…40年後に再びヌードの彼女たちに色をつけるという作業がとても熟成された愛を感じた。


私がこの展示で学んだことはタイトルの付け方がストレートで伝わりやすい、構図とか大胆でこういう撮り方もありなんだなと思えたこと。もっとあるけど感じたことを言葉にするのは難しくただの感想になってしまいそうなのでやめておく(笑)
展示の後も購入した写真集を見てても写欲を掻き立てられて、ストリートフォトを撮りに出かけたくなった。そのまま真似をしておしまいではなくまずは撮り方を意識して自分なりの撮り方に吸収できればこの展示を観に行って本当に良かったと思えるのかなと思っている。雨の日、手前に邪魔な物、撮りたい被写体は遠く、窓越し、反射、赤い、といったライター氏の心動かされた被写体を日本の街で探すライターごっこを今度密かにやるのを楽しみにしている。そしてこの作品たちはごく一部であってまだ沢山の未現像フィルムが残っていてそれらをプリントして作品として世に発表される日が来ることをとても楽しみにしている。
最後にライター氏の言葉の中でも響いたストリートフォトを撮る人ならではの言葉で締めくくりたいと思います。

「無視されるのは偉大な特権である」

KaoRin

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photo 椿原桜果/ word KaoRin/ blog editor 椿原桜果
2017.07.06
前回の定例会レポートでソールライター展にみんなで行って来たと書きましたが、今回はそのソールライター展を見たそれぞれのレビューを掲載します。今回は松崎ヒロノブのソールライター展レビューです。

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驚いたのは、思っていた以上に物事を俯瞰して撮っていることだった。

人もまた風景であり、影、反射、物越し、ガラス越しなどと相まって作品となっている。不均等な構図と空白は、インパクトと同時に想像力をかきたてさせる。これらは絵画の目があったからこそなのか、その手法と街の撮り方は非常にマッチしていた。

私が一番気に入った作品は『天蓋』だ。大胆な構図は心の琴線を震わせる。

カラーについては、他の方々とは意見が違えるかもしれないが、私としてはじっくりと沈んでいるカラーと感じた。鮮やか、華やかではなく、静かにその世界に沈殿しているようで心地よい。

ヌードカテゴリについては全面的に支持を表明する。撮影者を意識していないような、覗いているような変態感覚には共感する(…あれ? 男性はみんなこういうの好きよね?)

ソールフォト、という括りが出来るほど彼の手法は言葉で説明し易いが、それを行動に移し、自分自身が納得する作品を撮るのはとても難しい。住んでいる街、身近な空間を切り取る難しさは嫌というほど知っている。

今後しばらくは撮った作品が「ソールフォトっぽいね」と言われることもあるだろうが、たとえ手法を知らなかったとしても、既成の模倣から始まり、それを自分の色に染めていくことが芸術だと思っている。何十年、何百年、何千年と先達たちは進んでいるのだから、焦ることはないと言い聞かせつつ。

写真歴の長い方も短い方も、その時々によって感じることの変わる、ある意味指標とも呼べるとても良い展示だった。

松崎ヒロノブ

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photo 椿原桜果/ word 松崎ヒロノブ/ blog editor 椿原桜果
2017.07.02
前回の定例会レポートでソールライター展にみんなで行って来たと書きましたが、今回はそのソールライター展を見たそれぞれのレビューを掲載します。まずは矢野巌のソールライター展レビューです。

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彼の作品にはラルティーグのような明るさもなければ、ブレッソンのユーモアもない。
しかし写真特有の艶っぽい光沢に絵筆の息遣いがある。
荒い呼吸ではないが、決して呼吸をやめない強い息遣いが。
それは必然で、もともと彼は生涯を通じ絵筆を動かし続けた人なのだ。

では、彼にとって写真とは何だったのだろうか。
彼は1950年代のファッション写真業界で時代の寵児となりながらも、
そこでの1年よりもボナールのデッサン1枚の方が価値があると嘯いたという。
華やかなファッションの一線を退いてからの生活は、隠遁と呼ぶにふさわしい。

絵を志して生家を飛び出し、
糊口を凌ぐためにと生業にした写真で図らずも名声を得たのち、
世を避けて絵を描き 続けながらも、図らずもまた写真で脚光を浴びる。
なんという運命の皮肉だろう。
嬉しくなかった筈はない、しかしそれを認めることは自尊心が許すまい。

多くの偉人が語りがちな普遍的真理や哲学というよりは、
独白に近い言葉の数々からは、写真に対する衝動と同時に屈折した自意識が滲み出る。
名声とチャンスを掴むことを半ば意識的に避け続けたことを自認しつつ、
描くことも撮ることもやめないでいた日々には、NYの雪のように積もる想いがあったに違いない。

自身も写真の才能は自覚していた筈で
もしも先に絵で認められ、後から写真で認められていたならば、
きっと彼は多くの偉人たちと同じように、我々に向けて大きな言葉で語りかけただろう。

bukamuraでの展示 を眺めながら、僕の脳裏にはカフカが幾度となく浮かんだ。
人並み外れた才を持ちながら、本人もそれを自覚しながら、
作品が世に出ることを誰よりも渇望しながら、死後には作品を全て焼却するようにと遺言したカフカが。

彼はカフカのように多くの言葉を持っていない。
しかし写真の行間からは低い、呟くような声が途切れがちに絶えることなく語りかけてくるのである。

繰り返し作品に登場する鮮やかな傘。
モノトーンの世界の中で鮮烈な色を放つ傘。
下を向きそうな時、世界が灰色になりそうな中で、
時おり色彩を見つけては愛おしみ、救いとしたのではないだろうか。

写真は彼にとって苦しみでもあり、救いでもあったに違いない。

矢野巌

※今回、bunkamura『ニューヨーク が生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展』
 コーディネーターである佐藤正子さんより、展示へのご招待をいただきました。
 そのご厚意と素晴らしい展示に深く感謝いたします。

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photo 椿原桜果/ word 矢野巌/ blog editor 椿原桜果
2017.06.28
シメンソカメンバー4人がそれぞれセレクトした写真集のレビューをしています。ラストは椿原桜果セレクトの写真集『MINIATURE LIFE』です。



『MINIATURE LIFE ミニチュアライフ』MINIATURE CALENDAR


2013年:発行 水曜社

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もともとネットでちょこっと見た事があったんだけど、
ちょっと空いた時間があったので本屋さんに行ったらこの写真集がありました。
ネットだけで活躍してる人だと思ってたので
写真集になってるというのを知らずに写真集の中身を見たらその面白い事!
2cmのサイズのミニチュアの人形と、身の回りの日用品、食品などを使って
1シーンを撮っているんだけどそれぞれの写真の中の人形たちの声が聞こえてくるよう。
まぁその声は私の妄想なんだけど、見てるだけで色んな事を想像出来るんです。
ページをめくるたびにワクワクするし
見てるとほっこりする人形達。
なんてかわいいのでしょうか♪
まち針が観覧車になったりピエロが持つ風船にもなってるし、
マカロニがヤドカリの貝に見立てたり、沢山のアイディアが詰まってます。
そしてそれがどれも身近な日用品ってのも心くすぐります。

この人の凄さは写真集だけでは収まってません。
インスタグラムでもフェイスブックにもページがあるので、知っている人も多いと思うんだけど
毎日1写真をインスタグラムにアップしてるので、新しい写真を毎日見る事が出来ること。
毎日写真をアップするだけでも大変なのに、写真の内容(アイディア)が素晴らしくて
日々私の楽しみになっています。
今日はどんな切り口で来るのか〜とかね。
存在を知って日は長いのですが、毎日のワクワクは止まりません。

椿原桜果

■MINIATURE CALENDAR
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reviewer 椿原桜果 / blog editor 椿原桜果

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2016.03.03
シメンソカメンバー4人がそれぞれセレクトした写真集のレビューをしています。3回目はKaoRinセレクトの写真集『NO TRAVEL, NO LIFE』です。



『NO TRAVEL, NO LIFE』須田誠


2007年:発行 A-Works

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私が選んだ写真集はこれです。
普段、写真集をあまり買うことがないのですがこれは2013年に通った須田誠ワークショップの教材として手に入れました。

もともと、海外の写真や子どもの写ってる写真は好きでしたが誠さんと出逢ってワークショップの内容が私にはピッタリと感じたのでこの写真集は本当に買えて良かったと思っています。


34歳で(今の私の歳と同じだ!)サラリーマンを辞めて世界を2年間に渡り旅した誠さん。
カメラは旅の途中で手に入れて独学だそうです。旅の写真というと景色が多いイメージですが誠さんは人物写真が多いです。しかも、距離感が独特。だいたいが、近いのです!!!
その被写体の目を見て撮ったのだろうなぁと思います。ページをめくる度に写ってる人と目が合います。その距離にはシャッターを押す前後どんなやりとりがあったのかな?と想像するのが面白いです。

写真と織り交ぜながら誠さんの言葉たちもスッと入ってきます。簡単にわかりやすくストレートな言葉、ん?と1回では意味がわからなくて何度も反芻して読む言葉…。
その土地に行ったこともなければどんな土地なのかもわからないのに写真と言葉を見ていると何故だかキュッとなる。私は何度も泣きそうになりました。その国その国の物語の超短編を読んでる感じです。写真を見てこんなに胸がキュッとなるなんてこと今までなかった。

そして、きっちりカメラのことを学んできっちりと撮られた写真よりもその瞬間を切り撮れた運や出逢いを集められる力を感じられる写真が良いと思います。例え、ブレ(?)てたってそんなこと気にならいくらいとても良い瞬間や面白い瞬間がぎゅっと綴じられてます。これはどんなにカメラのこと学んだって真似できないことだと思います。それをその人のセンスというのかな?

私にはこの写真集をどんなに良いと思っても影響受けて よし!自分も世界中に旅に行こう!…と思うほどのバネがないのだけど、影響受けて旅に行きたくなる人はたくさんいるはず。いつかいつか…私も行きたいなぁと漠然とは思います。(実際に旅に行く人はここで、じゃあいつ行こうかと考える人!) 写真集を見て同じ場所を巡っても決して同じように撮れないこともわかってる。
でも私が旅に出たらどんな写真が撮れるかな?と考えるとワクワクして旅に出てみたいとイメージしたりはしてみたことがありました。写真集に影響を受けたというよりかは自分が好き!と感じる写真ばかりだし言葉も読んでると泣きそうになる、こういう世界があるのだなぁと知ることができたことも嬉しいです。
そして、先にも書きましたが “私にはどんな写真が撮れるのかな”と思えたことがこの写真集と出逢えたおかげであり、写真への意欲、興味にも繋がっているように思っています。

人によってはこれは自己啓発本(笑)の類いですねと言われるかもしれないけれど誠さんの写真集は決して世の中で自己啓発本と言われている物とは違うと思っています。それは写真集として写真が素敵だから、写真の魅力が半端ないから、さらに言葉が自然だから…だと私は思います。
なので自己啓発本が好きな人には物足りないかもしれませんね。旅好き、音楽好きの人にはぜひ手にとって欲しい写真集です。まとまりませんが以上が私の大切な写真集のレビューとなります。長くなりましたが最後まで読んでくださりありがとうございました!!

KaoRin

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reviewer KaoRin / blog editor 椿原桜果

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2016.02.27
シメンソカメンバー4人がそれぞれセレクトした写真集のレビューをしています。2回目は松崎ヒロノブセレクトの写真集『The Folk』です。



『The Folk』西村裕介


2015年:発行 リトル・モア

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レビューにつながる、少し恥ずかしい自分語り。

学生のころ、民俗学的なものに心惹かれ、それから講義を受けたり書物を漁っていた時期がある。オカルトで済まさず、その話の裏にある舞台背景など調べ考えていた。

いまでもその手の話は好物だが、根本にある興味はどこから始まったのかと思い返してみると、意外なところに辿り着いた。

柳田? 違う。
折口? 違う。

水木でも星野でも荒俣でもラヴクラフトでもなく……なんと、その源流はスーパーファミコンにあった。

『真・女神転生』というゲームをご存知だろうか?

実生活にジワジワと迫る違和感、超常なものに翻弄される主人公…。

このゲームから民俗学に興味を示し始めたという、少し恥ずかしい思い出。きっかけというものは、どこに転がっているのかわからないものだ。

さて、その学生のころに出会っていたら狂喜していただろう写真集が本書である。

土地ごとの祭事で行われる舞、踊り、行列など、その演者たちが集められている。

出で立ち、所作にはすべて意味があり、それを捉えるべく、黒幕を張りそこでじっくりと撮影されているのだ。

素晴らしい。英断である。祭事最中でのスナップでも雰囲気は伝わるだろうが、背景が黒幕での撮影はその異形感、特異性、精神性を際立たせることに成功している。

実際の祭事内容との乖離の懸念もあるが、それでもお国柄である閉鎖された地域性、そこから生まれた多種多様の無形文化、その一端に触れられる素晴らしい一冊である。
松崎ヒロノブ

■リトルモア
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reviewer 松崎ヒロノブ / blog editor 椿原桜果

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2016.02.22
今日からシメンソカメンバー4人がそれぞれセレクトした写真集のレビューをしていきます。1回目は矢野巌セレクトの写真集です。



『街の火』星玄人


2007年 発行ガレリアQ

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人は生きている。
生きるということは命を燃やすこと。
燃えた命は微かな光を放ち、街の中でそれぞれに輝いては儚く消えていく。

この写真集の舞台となっているのは、主に歌舞伎町など夜の街。
まだ『スマホ』がなく『ケイタイ』が広がり始めた、
ノストラダムスの大予言が当たるか当たらないかの落ち着かない時代。

写っているのは夜の住人。
全身に刺青の入ったチンピラたち。
胸元やパンツなども露わになった女性たち。
ホームレスや、ラブホでの裸の女性。
ごついオカマや、酔いつぶれた人たち。
野良猫やドブネズミ。
そんなものばかり。

きちんと学校を出て、きちんとした会社に勤めている 人から見れば、
決して綺麗ではないし、上品さなど何処にもない。
笑顔の写真が多いわけでもなく、虚ろな目や、ただこちらを見ているだけの写真も多い。

しかし、僕は初めてこの写真集を開いた時に、
言いようのない優しさと懐かしさを感じて、どうにも泣けて仕方がなかった。

ここで僕自身の話をすると、実家が田舎で飲食業を営んでいた。
店は家と繋がっていて、家には多くの従業員や業者が常にせわしなく出入りしてた。

昭和の板前たちは気性も荒く、今で言うところの半ばヤクザに近かった。
水商売あがりや訳アリの女性たちも多く働いていて、
彼女たちの子供は、仕事が終わるまで僕と一緒に食事をし、生活を共にしていた。
彼女たちの必要以上の色気が、時に諍い の種になることもあった。

彼らは時に我が家の金をくすねてみたり、
両親へ金を借りに大泣きしながら土下座をしてみたり、
子供の僕に金を無心にきたり、
僕を可愛がってくれていたヤンキー高校生は、突然に自殺したりもした。
虚言癖もいれば、ギャンブル狂やアル中も当たり前にいた世界。

ずっと見てきた中で彼らに共通していたのは、
彼らは哀しくて、とにかく優しかったということ。
もちろん悪意や敵意を向けられたことだって何度もあるが、
心からのものでなく、哀しさや苛立ちから来るものだったように思う。
学歴や地位はなくとも、誰もが人の辛さを知っていた。
本当の善人も悪人も、どこにも居なかった。

この写真集に収められているのは、そんな世界。
幼い頃に見続けた彼らの世界。

おそらくは、そこから遠ざけようとしたであろう両親の方針もあって、
今の僕は彼らと割合に遠い世界を生きている。ような気になっている。
けれど、この写真集を開く時、普段は忘れている記憶が掻き毟られてしまう。

写真を撮った星玄人氏の過剰な自意識や、挫折や人との距離。
あとがきにも長々と書かれているが、そんなことは書かなくても分かる。
彼もまた人の哀しさと優しさを知っているからこそ、この写真が撮れるのだ。
苦しさ、哀しさ、寂しさを経てからカメラを手にした彼だからこその優しさが、全面に伝わってくる。
中途半端に距離ができた僕には、撮りたくても撮れない世界。
だからこそ好きな写真集は?と聞かれたときに、僕 はいつもこの写真集を真っ先に挙げる。

彼も知っているはずだ。
微かな人の輝きが集まって街の火になり、やがて消えていくということを。
その火は、どこまでも優しいということを。

矢野巌

■写々者サイト
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reviewer 矢野巌 / blog editor 椿原桜果

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2016.02.17
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