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シメンソカBLOG〜シチテンバットウ〜

写真集団『シメンソカ』活動BLOG:[矢野巌/松崎ヒロノブ/椿原桜果]

《連載》巌 写真放浪記3

僕は年間100-150程の展示を彷徨います。
その1つ1つが素晴らしいもので、多くの感銘と学ぶべきものを与えてくれます。今回はその中からこちらを取り上げたいと思います。

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インベカヲリ★ 写真展『ふあふあの隙間』
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女性を写すポートレートは、それが全てではないにしろ常に性的な意味を孕む男性目線のものが主流を占めてきた。
柔らかく美しく写すことに定評のあった秋山庄太郎などでさえ、写真家が男性である以上は逃れられない性的な目線が常にある。
殆どの場合において『被写体』としての女性には『若さ』『かわいさ』『美しさ』が求められてきた。
被写体となる女性達もそれを暗黙のうちに受容した上で、女性としての見た目の美しさや性的魅力を売りに活動してきた(せざるを得なかった)背景がある。
男性が女性の内面に迫ったという触れ込みの作品に映る女性は、バッチリ化粧をしているし、中学時代 のジャージを履いてないし、鼻毛だって出ていない。
つまり、これまで撮られた女性ポートレートの中に、どこにも女性は居なかったということになる。
文字通り化粧した女性の微笑を撫でるばかりで、男性は軽くあしらわれていたとも言える。
その虚構と虚像に屹立していた砂上の楼閣は崩れ、ミューズからアラーキーへの告発を以て時代の潮目は大きく変わった。

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その潮目の中でインベカヲリ★のポートレイトはモノが違う。
彼女のポートレイトはルポでありドキュメンタリーであり、なおかつ虚構でもありエンターテイメントでもありユーモアさえ内包する。
その多面性は、図らずもアラーキーに通じる部分さえある。
しかし、生き辛さを抱えた女性達の辛さを捉えた様に見えて、逆に女性である喜びや可笑しささえ見え隠れさせつつ、 被写体である女性を決して浪費しないことが主軸としてあり、全く別物として成立している。
一枚毎に本一冊分の背景があり、女性写真家であることが未だ大きな価値を持つ現代に於いて、本当に稀有な写真家と言えるだろう。

普遍性よりも時代性のあるこの作品群が、数十年後にどのような評価を受けるか。
ふあふあの隙間を時間が埋めて、どのように変わっていくのだろう。

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文章:矢野巌
©️写真集団シメンソカ

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